古地図にみる世田谷区・下北沢(江戸時代の絵図)その5・天保弘化江戸絵図

武蔵州輿地全図
武蔵州輿地全図

 天保(1835年)以降頃の「武蔵州輿地全図」から荏原郡の周辺を抜粋

 江戸幕府は慶長10年(1605)、正保元年(1644)、元禄9年(1696)、天保6年(1835)の4度、諸大名に命じ国絵図を作成・提出させています。国絵図作成にあわせて、諸国の村名と石高を記した郷帳も編纂していおり、近世中期以降流布した国絵図は幕府作成の国絵図をもとに刊行、あるいは筆写されたものとされています。画像は天保6年以降のものと推測されます。

 マクロな描画ですが、北沢のほか、この周辺の地名として、代田、松原、上北沢、若林、太子堂、赤堤、池尻、三宿などを読み取ることができます。世田谷は、セ田カヤと記されており、下北沢も北沢と記されています。

東都郭外美知志留辺
東都郭外美知志留辺

 弘化(1847年)頃の「東都外郭みちしるべ」から世田谷区・下北沢付近を拡大

 江戸を中心に東を船橋、西を府中、南を羽田・神奈川、北を大宮・岩槻までの原野、社寺、名所、古跡を描いた仲田惟善著『武蔵一円絵図』文政8年(1825)刊の増補版ともみられており、元の画像は、かなりの広範囲を示す絵図になっています。

 方位がわかり難いので、ほぼ北が上を向くように修正しています。

 地名のほか、道標になるランドマークが書き込まれています。下北沢周辺の地名も、上目黒、池尻、三宿、太子堂、代田、若林、赤堤、松原、上北沢など多くを読み取ることができます。

 なお、出典の地図は埼玉県立図書館所蔵である。


参考URL

 「埼玉県立図書館 デジタルライブラリー 絵図

 江戸時代・武蔵国の絵図11点を閲覧できます。