古地図にみる世田谷区・下北沢(江戸時代の絵図)その1・1800年頃

寛政・江戸近傍図
寛政・江戸近傍図

 寛政(1800年)頃の「江戸近傍図」、武蔵国荏原郡から、世田谷と下北沢のエリアを拡大

 三宿、池尻、下北沢、代田、松原、上北沢、経堂、赤堤、若林、太子堂といった地名が読み取れます(丸で囲まれている地名は、おそらく村の名前だろうと思います)。このほか、豪徳寺、淡島などの当時のランドマークが記されています。世田谷は、世田谷宿として街道沿いにあるように描かれています。

文化・江戸近郊御場絵図
文化・江戸近郊御場絵図

 文化(1805年)頃の「江戸近郊御場絵図」、武蔵国荏原郡から、世田谷と下北沢のエリアを拡大

 地域毎の地名が色分けされているのが特徴的です。世田谷は緑色の丸に囲まれた文字で記載されています。池尻、太子堂、世田谷、若林、代田、松原、赤堤といった地名のほか、甲州街道が太い幹線として記されているのが読み取れます。おそらく、下北沢と記載されているはずの箇所ですが、ちょうど地図の切れ目となっており、北沢村という文字が確認できます。

 ちなみに、1800年頃には、伊能忠敬が蝦夷地を測量していたとされていますので、ある程度の正確な地図を作成できる技術があったのだろうと思われます。

 なお、出典の地図は筑波大学附属図書館、および国立公文書館の所蔵である。


参考URL

Chronology of Tokyo on Map  江戸時代の年表で古地図のリンクを紹介

 年代順に閲覧できる古地図をリンクで紹介しています。

江戸図 絵図 筑波大学附属図書館 電子化資料 古地図

 江戸時代の古地図(絵図)から、いわゆる江戸図を豊富に閲覧できます。

江戸近郊御場絵図 公立公文書館 デジタルアーカイブ

 江戸近郊御場絵図を閲覧できます。