下北沢 賃貸 大堀産業株式会社

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古地図にみる世田谷区と下北沢エリア(昭和15年以降の地図)その2・1940年代前半の地図

東京都全図
東京都全図1943・世田谷区周辺

東京都全図1943・下北沢周辺

 昭和(1943年)頃の「東京都全圖」から世田谷区周辺と下北沢駅周辺をそれぞれ拡大

 日本統制地図株式会社版本の東京都全図です(内容年代は昭和18年)。

 この地図になってようやく、東京都と記載された地図になります。
 ただ、地名的には、これまでと同様の内容です(マクロに描画されているので細部まで確認することが出来ません)。
 特徴としては、タイトルが東京都全図という都になっていることに意義があるといった感じです。

新生東京都都市計画図
新生東京都都市計画図マクロ1946

新生東京都都市計画図ミクロ1946

新生東京都都市計画図凡例1946

 昭和(1946年)頃の「新生東京都都市計画図」から世田谷区周辺と下北沢駅周辺をそれぞれ拡大

 三和版本株式会社版本昭和21年発行の東京都都市計画図です(内容年代は昭和21年)。

 1945年の東京大空襲以後に作成された計画図ですから、この当時に存在した道路を示す地図ではありません。画像からは、環状路線七号が記されています(実際の開通は、1964年の東京オリンピックの頃まで待たれることになります)。
 国土地理院にて当時の航空写真を閲覧でき、その傷跡をうかがい知ることが出来ますが、この当時だからこそ、思い切った都市計画が描けたのかもしれません。

戦災焼失区域表示帝都近傍図
戦災焼失区域表示帝都近傍図1946

 昭和(1946年)頃の「帝都近傍図・戦災焼失区域表示」から世田谷区・下北沢駅周辺を拡大

 日本地図株式会社版本昭和21年再版発行の帝都近傍図です(内容年代は昭和21年)。

 東京大空襲(1945年)により焦土とかした東京ですが、この戦災焼失区域を示した地図です。皇居を中心として山手線内側のエリアはほぼ赤く色付けされており、その規模の悲惨さを確認させられます。

 なお、出典の地図は国際日本文化研究センタ−所蔵である。

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古地図にみる世田谷区と下北沢エリア(昭和15年以降の地図)その1・1940年代前半の地図

 昭和18年(1943年)に東京府と東京市が廃止され、統合されるように東京都が設置されます。この前後で地名変遷が確認できるかと思われましたが、結論的にはあまり変化がみられません。

 ただし、町界など、町と町の境界を判別できる地図もあり、これを確認できる意味では有用な情報です。

昭和十五年東京全図
昭和十五年東京全図

 昭和(1940年)頃の「昭和十五年東京全図」から世田谷区の下北沢駅・新代田駅・世田谷代田駅の周辺を拡大

 九段書房版本昭和15年改訂版の東京全図です(内容年代は昭和15年)。

 画像がやや鮮明ではありませんが、これまでと同様の内容が確認できます(ここでも、世田谷区役所が現在の若林小学校付近にあったことが確認できます)。また、自動車マーケットの記載も読み取れます。

番地入大東京明細地図
番地入大東京明細地図1940

 昭和(1940年)頃の「番地入大東京明細地圖」から世田谷区の下北沢駅を中心にやや広範囲に拡大

 山口金榮堂版本の番地入大東京明細地図です(内容年代は昭和15年)。

 地名的変遷は、これまでと同様です(とくに変化がみられません)。そこで、画像はやや広範囲としてみました。

大東京明細地図町界丁目界番地入
大東京明細地図町界丁目界番地入1941

 昭和(1941年)頃の「最新大東京明細地圖町界丁目界番地入」から世田谷区の下北沢駅を中心に拡大

 日本統制地図株式会社版本4版の東京明細地図町堺入です(内容年代は昭和16年)。

 地名的には、これまでと同様の内容ですが、この地図の特徴は、町境(町界)が点破線で、丁目境(何丁目界)が点線で、描画されているので分かり易いことです。これまで、確認しづらかった羽根木町や下代田町の境界線を画像から確認できます。
 なお、これまで、井の頭線の西駒場と確認されていた駅名が、単に駒場となっていることが判ります。

番地入新大東京全圖
番地入新大東京全圖1941

 昭和(1941年)頃の「番地入新大東京全圖」から世田谷区・下北沢駅付近を拡大

 日本統制地図株式会社版本昭和16年5版発行の番地入東京全図です(内容年代は昭和16年)。

 地名的にも、これまでと同様の内容です。地図の特徴は、電車の路線だけでなく、バス路線も描画されています。

最新大東京案内図
最新大東京案内図1942

 昭和(1942年)頃の「最新大東京案内圖」から世田谷区・下北沢駅周辺を拡大

 日本統制地図株式会社版本の最新大東京案内図です(内容年代は昭和17年)。

 地名的にも、これまでと同様の内容です。地図は細部まで描画してないせいかスッキリとしているのが特徴です。
 京王線に、笹塚、代田橋、明大前を、井の頭線に、東松原、代田二(現新代田)、下北沢、池ノ上、駒場、一高前を、小田急線に、代々木上原、東北沢、下北沢、世田谷中原(現世田谷代田)、梅ヶ丘、豪徳寺を、玉川線(現田園都市線)に、大橋、池尻、三宿、東太子堂、三軒茶屋、中里を、それぞれ確認できます。
 なお、現在の代田5丁目あたりに、帝国音楽(文)との記載があります。昭和6年から19年にかけて音楽関係の学校があったようです(昭和20年の空襲で焼失)。

最新大東京明細地図町界丁目界番地入
最新大東京明細地図町界丁目界番地入1943

 昭和(1943年)頃の「最新大東京明細地圖町界丁目界番地入」から小田急線・井の頭線の下北沢駅中心に拡大

 日本統制地図株式会社版本9版の最新大東京明細地図町界丁目界番地入です(内容年代は昭和18年)。

 地名的にも、これまでと同様の内容です。地図は残念ながら書込みがあり汚れています。画像は、京王線・井の頭線、小田急線、玉川線・世田谷線の各路線を下北沢駅を中心に拡大してみたものです。
 地図は、町名の境が点破線で記述されていますので町界を確認しやすいのが特徴です。

 また、地図中の別枠には当時の路線図も記載されていましたので世田谷区付近を拡大しました。
昭和18年頃の路線図1943

 なお、出典の地図は国際日本文化研究センタ−所蔵である。

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